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東京地方裁判所 平成5年(ワ)22874号 判決

原告

柿澤孝雄

被告

東亜エレクトロニクス株式会社

右代表者代表取締役

影山靖芳

右訴訟代理人弁護士

黒沢雅寛

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対してした平成五年六月一八日付け解雇が無効であり、原告が被告との間において雇用契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成五年七月以降毎月二五日限り一四万一〇八一円及びこれに対する右各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、二三万二一五五円及びこれに対する平成五年六月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が、当時被告の従業員であった原告に対し、就業規則に定めた勤務成績不良等による解雇事由に該当するとして解雇したのに対し、原告が右解雇事由に該当するような事実はないので解雇は無効である等として、解雇の無効及び雇用契約上の地位にあることの確認を求めると共に、解雇以降の毎月の賃金及び平成五年度における夏期賞与並びにこれらに対する遅延損害金の各支払いを求めたものである。

一  当事者間に争いのない事実

1  被告は、無線通信機器及びそれらの関連機器の製造、加工等を主たる業務とする株式会社である。原告は昭和五七年八月被告に雇用され、当初は東京都港区白金所在の被告本社において、昭和六三年四月一二日以降は茨城県筑波市大字稲岡所在の筑波事業場において、いずれも製造部で製造の業務に従事してきた。

被告における賃金の支払いは、締日が毎月二〇日、支払日が毎月二五日であり、平成五年六月の時点における原告の基本給は、月額一五万四七七〇円であった。

2(一)  被告は原告に対し、平成五年六月一八日、被告就業規則(以下単に「就業規則」という)一〇条三、四号を理由として解雇する旨を通知した(以下「本件解雇」という)。

(二)  就業規則一〇条には次のような規定が設けられている。

(解雇)

第一〇条 従業員が次の各号の一に該当する場合は三〇日前に予告するか、または労働基準法第一二条に規定する平均賃金の三〇日分を支給して解雇する。

三号 精神または身体の障害により業務に堪えられないと認められる場合

四号 勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められた場合

二  争点

1  本件解雇の有効性

2  本件解雇以降原告に支払うべき賃金額

3  原告に支払うべき平成五年度夏期賞与(以下「本件賞与」という)の金額

三  当事者の主張

1  争点1(本件解雇の有効性)について

(一) 被告

原告は、入社後本社工場において就労していたが、勤務態度や勤務成績が極めて悪かった上、同僚との折り合いも悪かった。そこで被告は、昭和六二年九月九日、原告に対し、会社都合を理由として同年一〇月一〇日をもって解雇する旨の解雇予告を行ったが、その後の和解により、被告は右解雇予告の意思表示を撤回し、原告は筑波事業場において勤務することとなった。

原告の勤務状況は、筑波事業場へ転勤した後も変わらず悪いものであった。すなわち、〈1〉平成四年一月から平成五年六月一八日までの間における被告の業務日数(会社の営業日数)は三七一日であるが、この間、原告は三八日(一〇・二四パーセント)の有給休暇を取った他、七一日(一九・一三パーセント)欠勤したものであって、有給休暇と欠勤とを併せると、営業日数の内ほぼ三日に一日は休んでいる格好であり、欠勤の際、無断欠勤することも多く、遅刻することもあった。〈2〉また、原告は、出社しても勤務時間中真面目に働かず、ロッカールームに篭もって、自分一人だけで勝手に休憩を取ることが多かった。例えば、平成四年一一月一二日の場合、午前中は八時から一〇分間、八時四〇分から一五分間、一〇時四五分から五分間、一一時三五分から一五分間、午後は一時から五分間、二時三〇分から六分間の合計五六分間の休憩を取り、同年一一月二八日の場合、午前中は八時から一五分間、九時一五分から一五分間、午後は一時から五分間、二時四五分から二九分間の合計六四分間の休憩を取った。〈3〉更に原告は作業効率が極めて悪く、与えられた作業を指示された時間内に終了させることができなかった。例えば、部品のコーティング作業について、一般の従業員の場合、最低の目標を八時間で一六〇面としており、容易にこの目標を達成するのであるが、原告にこの作業をさせると、平成四年九月二四日の場合には、九二面しか完了させることができなかった。また、平成四年九月二六日の場合には、与えられた業務を一人で終わらせることができず、同僚に手伝ってもらって終了させた。

以上の状態が続いたため、被告は平成五年六月一八日、原告に対し、解雇予告手当として平均賃金の三〇日分二二万三七四〇円を支給して解雇する旨の通知をした。

原告は風邪等を理由としてしばしば欠勤しているが、これは就業規則一〇条三号の「身体の障害により業務に堪えられない」場合に該当するし、際立って欠勤の多いことや、出社しても勝手にロッカールームに入って休憩したり、与えられた業務を指示された時間内に終了させることができないことは、就業規則一〇条四号の「勤務成績不良」及び「作業能率不良」に該当するから、本件解雇は有効である。

(二) 原告

原告については片道の通勤時間が二時間から二時間五〇分を要する長距離通勤であったという事情があるし、原告の勤務が他の従業員と比較して遅いとはいえない。

本件解雇は原告の悪意なき行為に対する過剰なまでの反応であり、また被告は原告に就業規則による禁止規定に著しく反する行為がないにもかかわらずいきなり解雇したものである。

2  争点2(本件解雇以降原告に支払うべき賃金額)について

(一) 原告

原告は、平成五年四月から同年六月までの間に被告から支払われた賃金総額(四二万三二四五円)を右期間における出勤日数(六〇日)で除し、これに出勤日数(二〇日)を乗じて算出された額の円未満を切り捨てた一四万一〇八一円を月額賃金として、被告から本件解雇以降毎月受領する権利がある。

3  争点3(本件賞与の金額)について

(一) 原告

本件賞与の支給率は、一・五ヶ月であるから、原告は基本給一五万四七七〇円に一・五を乗じた二三万二一五五円の支払いを受ける権利がある。

(二) 被告

被告は、平成五年七月八日、本件賞与を従業員に支給した。その支給額は、基本給に支給率を乗じて算出し、右支給率は支給月数に成績率(上司が評価し、社長が調整して決める数値)及び出勤率を乗じた数値である。

被告は、支給日以前に原告を解雇したことから原告の支給率を評定していない。また、賞与はその支給時に在職する者に対して支払うものであるから、賞与支給時前に解雇した原告に対し被告が本件賞与を支払う義務はない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件解雇の有効性)について

1  後掲の各証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告は、本件解雇以前にも、原告の勤務状況が悪いこと等を理由として、昭和六二年九月九日付けで原告に対し解雇予告を行ったことがあったが、昭和六三年四月一三日、当庁において原告との間に右解雇の意思表示を撤回することを内容とする和解が成立し、以後原告は承諾の上、被告の筑波事業場において勤務することとなった。

(証拠略)

(二) 平成四年一月一日から本件解雇日である平成五年六月一八日までの間の原告の出勤状況は、以下のとおりである。

勤務日

有給休暇

有給休暇以外の欠勤

遅刻

早退

平成四年

一月

二〇日

九日

〇日

〇日

二月

二一日

五日

〇日

二日

三月

二三日

一日

〇日

二日

四月

二一日

〇日

〇日

二日

五月

一九日

三日

二日

二日

六月

二二日

〇日

四日

一日

七月

二四日

〇日

九日

一日

八月

一七日

〇日

一日

二日

九月

二二日

〇日

五日

一日

一〇月

二二日

〇日

二日

〇日

一一月

二一日

〇日

一三日

〇日

一二月

二一日

〇日

一一日

〇日

平成五年

一月

一八日

一〇日

〇日

〇日

二月

二〇日

七日

五日

〇日

三月

二三日

〇日

二日

一日

四月

二〇日

〇日

六日

〇日

五月

一九日

〇日

一〇日

〇日

六月

一三日

〇日

八日

〇日

(一八日まで)

原告は平成四年九月二四日から本件解雇日までの間に、合計七五日被告を休んでいるが、その内五一日は風邪を理由としており、それ以外については理由が明らかではない。

(証拠略)

(三) 出勤日における原告の稼働状況

(1) 原告は本社勤務の時は、主にプリント板の配線半田付け作業及び配線材料の端子等への配線半田付け作業に従事していたことから、被告は筑波事業場勤務となった当初は原告を半田付け作業に従事させた。しかし、筑波事業場における半田付け作業は、数人で工程を分担する流れ作業であったことから、しばしばトイレや、ロッカー室に行って離席する原告にこれを担当させることは適さなかった。そこで被告は原告を、一人で工程を受け持つことができる捺印作業(指定されたゴム印とインクを使用し、製品の指定位置に数字文字を押印する作業)やコーティング作業(スプレーガンを使用して防湿用塗料を完成したプリント板等に塗布する作業)に従事させることとした。しかしながらそこにおける原告の作業効率は極めて悪く、通常の従業員であれば、捺印作業においては、五〇台を二、三時間で、コーティング作業(プリント板は、部品面と半田面とがあり、それぞれを一つの面として目標処理枚数を決めていた)においては、平均して一日八時間で一六〇ないし二〇〇面処理することができるのに対し、原告は、捺印作業において同じ分量を処理するために、五ないし八時間を要し、場合によっては朝から始めて翌日に持ち越すこともあり、またコーティング作業においては、最も良くできたときでも一日九十面前後の処理に止まっていた。例えば、平成四年九月二四日の原告の部員のコーティング作業処理数は九二面であり、同月二六日には、与えられた業務を一人で終わらせることができず、同僚に手伝ってもらって終了させた。

(2) 原告は、就業時間中、しばしばロッカー室において休憩を取っていた。例えば、平成四年一一月一二日の場合には、午前中は八時から一〇分間、八時四〇分から一五分間、一〇時四五分から五分間、一一時三五分から一五分間、午後は一時から五分間、二時三〇分から六分間の合計五六分の休憩を取り、同年一一月二八日の場合には、午前中は八時から一五分間、九時一五分から一五分間、午後は一時から五分間、二時四五分から二四分間(但し、三時から三時五分までは、被告における正規の休憩時間となっているので除外する)の合計五九分間の休憩を取った。また、平成五年三月二四日の午前中には合計七四分、同年五月二四日の午前中には合計一時間、同年六月一一日の午前中には合計一時間、やはりロッカー室に入っていて作業に従事しておらず、この様なことが他の日にも頻繁にあった。

(3) 前記のように、原告は欠勤が極めて多く、出勤してもしばしば休憩を取り、仕事自体も遅いため、原告の担当分野においては作業が大幅に遅れ、その分を上司や他の従業員の協力で補わざるを得ないことが度々あった。しかしながら原告は、他の従業員のタイムカードを本人や被告に無断でコピーしたり、昼休み中、スチルカメラやビデオカメラで他の従業員を無断で撮影したり、従業員と言い争いをしたりした他、特定の者が原告の近くを通り過ぎる折り、丸めた清掃用紙をしばしば同人に向けて投げつけたりしたことから、他の従業員との折り合いは良くなく、他の従業員は原告と一緒に仕事をすることを嫌っていた。

(4) 原告の直属の上司である課長の新井貫治は、原告に対する指導の資料とするため、平成四年四月二一日から、原告の生活状況や作業状況を記録するようになった。そして、同年九月二四日からは、右新井が原告に対する作業指示、作業結果、作業態度をより詳しく日誌に記録して一週間毎に事業場長の西村晃にそのコピーを渡し、同人もそれを確認するようになった。このように被告は遅くとも同年九月二四日頃から、作業の達成目標数を詳細に指示し、処理結果を細かく確認したり、作業内容が原告にとって難しいと思われるような場合には目標工数を定めないことにしたりする等様々な方法を試みながら原告に対する指導、監督に力を注ぐと共に、原告を被告に適応させるよう努力し、平成四年一一月一九日、同年一二月九日、同月一六日、平成五年二月一九日等の日には、原告に対し、欠勤が多いことを指摘して注意したり、原告と出勤状況の改善に向けて話し合ったりした。原告の勤務状況はそれでも改善されなかったので、被告は原告に対し、平成五年三月三日、「警告」と題する書面により、欠勤が多く、勤務怠慢な態度を改めるよう注意すると共に、今後変化が見られない場合には、就業規則三八条に基づき制裁を行うということを警告し、併せて欠勤が七日以上に及ぶときは医師の診断書を提出するようにとの指示を行った。また被告は、原告が朝出社した後、長時間ロッカー室にいるために作業が遅れるという状況を改善し、併せて原告が通勤に利用しているバスの発着時間の都合をも考慮し、同月一一日、原告とも相談の上、始業及び終業の時刻をずらすことを検討するようになり、原告のみ、同年五月一日付けで、始業を午前八時から八時一〇分に、終業を午後五時一〇分から五時二〇分にずらすこととした。

(5) 被告においては、納期までに仕上げなければならない仕事が多かったが、原告の勤務状況が以上のとおりであったため、被告は原告に納期のある仕事を与えることができず、仕事の予定を立てることも困難であった。また、病気欠勤が七日以上に及ぶ場合には医師の診断書を提出しなければならないことが就業規則二八条三項で定められていたが、原告は被告が求めても診断書を提出しないことが度々あった。更に、被告においては遅刻出勤をした場合には、遅れた時間を記載した遅刻届を提出する決まりとなっていたが、原告は、遅れた時間を記載しないまま遅刻届を提出したり、遅れた時間を実際よりも少なく記載して届け出を出して注意されることが度々あった。そして原告は遅刻の届け出の記入の仕方が分からないとして、しばしば右新井や事業場長に説明を求め、同人らはその都度時間をかけて口頭あるいは書面で説明するという手間をかけなければならなかった。

(証拠略)

2  判断

(一) 右に認定したところによれば、原告は平成四年一月以降、ほぼ一〇日に三日の割合(有給休暇を除くと五日に一日の割合)で仕事を休んでおり、出勤しても、懈怠等により作業効率は他の従業員の半分程度であって、被告は原告に対して安心して仕事を任せられなかったし、他の従業員の負担ともなっており、かような勤務状況の悪さは被告による様々な努力にも拘わらず改善されず、かえって本件解雇前の三カ月間(平成五年四月一日から本件解雇日まで)における原告の欠勤率は、被告の業務日の四六パーセント以上にまで上昇していて、より悪いものとなっており、今後右問題点が改善されることは殆ど望めない状況であったといえる。原告の勤務状況が以上のようなものであったことに加え、原告が過去においてもやはり勤務態度等の不良のために被告から解雇予告をされたという経緯や、前記認定にかかる諸般の事情を総合考慮すれば、原告については、就業規則一〇条四号の「勤務成績または能率が不良で就業に適しない」場合に該当するものと認めることができる。

なお、原告は風邪を理由に被告を休むことが多かったが、診断書が提出されていないことや弁論の全趣旨によれば、右の理由を直ちに信用することはできない。したがって原告が就業規則一〇条三号の「精神または身体の障害により業務に堪えられない」状態であったと認めることはできない。

また(書証略)及び柿澤孝雄原告本人尋問の結果によれば、被告は、本件解雇の際、原告に対し、就業規則一〇条の「労働基準法一二条に規定する平均賃金の三〇日分以上」との要件を満たす二二万三七四〇円を提供したことが認められる。

(二) 原告は、本件解雇が原告の悪意なき行為に対する過剰なまでの反応であると主張し、また、就業規則による禁止規定に著しく反する行為がないにもかかわらず、被告はいきなり原告を解雇したと主張しているが、これらが被告による本件解雇権の行使が権利濫用に当たるとする旨の主張であるとしても、前記認定事実の下において、本件解雇権の行使が均衡を失しているとは認められないし、原告本人尋問の結果により認められる、原告の片道の通勤時間が二時間から三時間を要する長距離通勤であったという事情及び原告が歯科にかかる必要があったという事情に加え、被告の原告に対する指導、監督の強化がかえって原告に心理的負担をかけることとなり、欠勤を増やす原因となったことが窺われないではないことを考慮しても、本件解雇権の行使が権利濫用であるとは認められず、他に右権利濫用を認めるに足りる事情は本件証拠上認められない。

(三) 以上からすれば、本件解雇は有効である。

二  争点2(本件解雇以降原告に支払うべき賃金額)について

本件解雇が有効である以上、本件解雇以降被告が原告に賃金を支払うべき理由はないので、争点2については判断する必要がない。

三  争点3(本件賞与の金額)について

原告に対する本件賞与が、基本給一五万四七七〇円に一・五を乗じた金額である二三万二一五五円であることを認めるに足りる証拠はない。

(証拠略)によれば、被告における賞与は、賃金規則二〇条において、「会社は毎年七月および一二月に会社の業績を考慮した上、従業員の過去六カ月間の勤務成績及び出勤率等に応じて賞与を与える。賞与の支払期日はその都度定める」と規定されていることが認められる。また、(書証略)(弁論の全趣旨によりその成立を認める)によれば、被告は被告従業員に対し、平成五年七月八日に本件賞与を支給したこと、本件賞与の支給額は、基本給に支給率を乗じて算出し、支給率は支給月数に成績率(上司が評価し、社長が調整して決める数値)及び出勤率を乗じた数値であること、本件賞与の支給月数は一・五ケ月分であること、原告の出勤率は〇・七七一であること、成績率の決定は通常前年の一二月から当年五月までの勤務評定に基づいてされるが、原告については、右評定時期が本件解雇後であったため、勤務評定をしていないことがそれぞれ認められる。そして、原告の成績率を決定しうる証拠は存しない。

そうすると、原告については、本件賞与金額を決定することはできない。

なお、原告は請求三は有給休暇二日分及び食事手当の請求を含んでいると主張しているが、これらの金額及び請求原因を具体的に主張していないので、主張自体失当である。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないこととなる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 合田智子)

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